最近、仕事の効率化をどう進めたらよいかとか情報活用の方法とかの取材を受けることが多い。要するに出来るビジネスマンになるためにはどうしたらよいかというという問いだ。
そこで少し気になるのは、今世の中で話題になっている情報活用や仕事が出来る人というのは私に言わせるとちょっとずれているのではないかと言うことだ。具体的に言うとどうも作業の達人になることを目指しているような気がする
私は仕事と作業は違うと思っている。仕事は目的を成し遂げることを言い、作業とはその仕事を成し遂げるために必要な手段のことと定義している。
作業を具体的に言うと、分析、会議、出張、打ち合わせ、議論、電話、e-mailなどになる。もちろん、中には、電話を取るのが仕事のオペレータさんとか、会議を仕切るのが大事な仕事である事務局とか、特殊なケースもあるが、通常はこれらは仕事を成し遂げるための手段であって仕事そのものではない。
ところが最近はこの作業にスポットライトが当たりすぎで、そこに焦点を当てた「」の達人になるみたいな企画や本が多すぎるのが気になる。「」の中には作業名が入る。たとえば情報活用の達人とか、会議の達人あるいはメールの上手な使い方である。
エクセルが使いこなせる、あるいはグーグルでの検索がうまいのとそうでないのとどちらが良いかと言えば、使いこなせる方がよいに決まっている。
しかし、カメラを少し引いて考えて欲しい。将来幹部に引き上げようとする候補者が二人いたときに、経営者はエクセルは使えるがものが決められない人間と、エクセルは使えないがものを決められる人間のどちらを引き上げるだろうか?仕事が出来る人間と作業が出来る人間とは違うと言うことだ。
最近、サントリーで仕事の効率化という話でインタビューを受け、それが社内報「まど」(2008年7月号)に掲載された。サントリーの了解を得たので、これを紹介しておく。興味のある方はご覧ください。
「20087.pdf」をダウンロード
(かくいう私もすごい議論力なる本を訳しているので、今日の話はやや天に向かって唾を吐くではある)
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ハイ・コンセプト(「新しいこと」を考え出す人の時代)ダニエルピンク著・大前研一訳。夏休み、田舎に帰り、子供の仮面ライダー相手の合間に、「ロングテール」を探しに田舎の本屋に行きました。案の定、御目宛には出会えませんでしたが、冒頭の本を手に帰宅しました。読みながら、普段の自分と照らし合わせてしまいましたが、共感を覚える所が多い面白い本でした。仕事の捉え方が違う人には、ナカナカ理解していただけないのだと思います。因みに、自分では「デザイン」が弱いとは思いますが、「解の美しさ」には拘りがあるのですが、ある意味芸術的な一面でしょうか?数学好きですし(笑)。所で、今日、弟と海に行きながら暇なので、「食料自給率」を高めるために、「どの品目をターゲットにすべきか?何をすべきか?」を議論してしまいました。色々問題を騒ぎ立てるのは構いませんが、どう解くか?ある程度の二極化は許容しつつ、解は用意すべきだと思います。政治の問題としてだけ考えると、気が遠くなるようですが、もう少し上手いやり方が見出せないでしょうか?
この記事を拝見してハッとしました。
目指しているものは「仕事」がデキル自分で、それを実現するために「作業」を効率化してデキル自分になるための時間作りをしているつもりでした。が、そのことをいつのまにか目的にすり替わっていて、なぜそう思ったのかという初心を見失っていました。
そのことに気づく事ができただけでも、私にとっては大きな学びでした。ありがとうございます。
溝本さんへ
コメントありがとうございます。夏休みのため、返答が遅れ申し訳ありません。
弟さんとそんな議論が出来るなんて、すばらしい兄弟ですね。
日本人が不得意なのは、問題を定義することと、トレードオフのある議論をうまく仕切ることの2つだという気がします。
tear drop さんへ
コメントありがとうございます。今回の記事がteardropさんのキャリアアップに役立つとすれば、私もうれしいです。
先日、東洋経済にて内田さんが書かれていた記事を拝見し、このブログまでたどり着きました。
内田さんの記事を読み、仕事と作業の勘違いをしていることに非常に反省をしたと同時に、自分の仕事の意味とやるべきことが明確になった気がします。ありがとうございました。
大竹さんへ
東洋経済の記事からこちらへ立ち寄っていただき、ありがとうございます。
私自身が以前は作業屋になってしまうことが多く、またそれに快感を感じていたと言うこともあって、自戒の意味も込めて提唱していると言うことです。
多少はお役に立ったとすれば本望です。