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ミャンマー訪問記(4)

本日はミャンマー訪問記の最終回です。ビジネスについて書いてみます。

工業団地に入っている日本企業を何社か訪問しました。縫製工場です。先日のブログにも書いたように、月数千円の給料なので、福利厚生費などを入れても中国などに比べて圧倒的に安いです。そのため、日系企業に限らず、多くの企業が中国や他のアジアの国から生産基地をミャンマーやバングラデシュに移しているとのことです。一方で、転職率が高いのが悩みだとも語っていました。あまり、同じ職場で生産性を上げて出世しようという意欲がなく、少しでも条件が良さそうな職場があれば移ってしまうそうです。一方で、きわめて真面目で勤勉だというのだから、そのあたりの感覚は日本人とは違うようです。
また、現在は電力事情が極端に悪く、毎日のように数時間の停電が起きるために自家発電設備は必須であり、その運転コストも馬鹿にならないそうです。通常であれば電気で蒸気を作り出すボイラーも、自家発電の電気でボイラーを動かすと金がかかりすぎるので薪を燃やす木材ボイラーを備えている工場もありました。

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ある工場で見かけた薪で焚くボイラーです。

最後に最新式のショッピングセンターに行って、経営陣の話を聞きました。ミャンマーにはいくつもの巨大財閥があり、この財閥でも発電所、公共施設、不動産、ショッピングセンターなどの事業を展開していました。いくつか写真を紹介しますが、とても世界最貧国には見えません。

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とても大きく立派な外観

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中に入ってまたびっくり。とても近代的

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入り口入って直ぐ左手には資生堂のコーナーがありました。さらに中に入れば、ワコールの下着売り場もあれば、100円ショップのダイソーも入っていました。

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シネマコンプレックスもあれば、立派な食品スーパーもあります。
一番驚いたのはこのカフェです。東京でもそうは見かけないしゃれた店でした。

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ミャンマーで有名な電気ブランドと言えば、日本メーカーではなくサムスンで、このショッピングセンターにもしっかりありました。

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ショッピングセンターにはたくさんの客が入っていました。
サンダルを見なければ決してミャンマーとは分からないくらいしゃれているショッピングセンターでした。それくらい、全員サンダルを履いて暮らしています。

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ショッピングセンターの社員の方と記念撮影

最終回なので、若干のまとめというか印象を述べておきます。
ミャンマーは間違いなくこれから伸びる国です。仏教徒の国と言うこともあって国の治安はよいし、国民は真面目です。今はまだ経済発展の緒に就いたばかりで、貧富の差も激しいし、一人あたりGDPもとても低いです。先日紹介した街並みと今日紹介したショッピングセンター、どちらもミャンマーです。光と影があります。

でも、国には活力が溢れています。成長を渇望している国民がいて、起業家が存在します。もちろん、これからいろいろ紆余曲折があると思いますが、50年前の日本、30年前の韓国、15年前の中国に似たエネルギーをもらって帰ってきました。

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河口にある港で見かけた子供たちのまなざしにこの国の将来を感じました。

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コメント

    • key
    • 2012年 8月 12日

    ミャンマー訪問記、勉強になりました!!
    これまでのミャンマーに対する印象は、
    他のアジア地域よりもかなり、経済発展が
    遅れていると思っていました。
    そして、日本企業も他国にくらべミャンマー進出が遅れている印象がありましたが、資生堂さんはさすがですね。
    やはり、国有企業のほうが多く、民間企業の参入はまだまだなのでしょうか?
    天然資源の豊富な国なので、国際政治的なからみと一緒に、今度ミャンマーをウォッチしていきたいです。

    • スナッキー
    • 2013年 1月 02日

    年末年始に行こうと思っていたら熱で断念。
    ミャンマーへ仕事で何回か行ったのは1994年でした。
    当時も清潔な感じがしましたが、お書きのように
    サンダル履きがほぼ全員、かつロンジー(巻き
    スカート)をこれまた男女ほぼ全員が巻いていました。
    中古車は右ハンドルなのに、車は米国式の左側通行
    だったと記憶しています。
    空港も有視界での誘導離着陸だったと思います。
    雨季の雲の中、3度着陸をやり直しでこわかった
    ですね。

    • スナッキー
    • 2013年 1月 02日

    仕事でミャンマーに通っていたのは1994年でした。
    ほぼすべての人がロンジー(巻きスカート)と
    サンダル履きでした。サンダル製造工場が当時の
    産業らしいものでした。

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