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PS3とイノベーターズジレンマ

任天堂のゲーム事業が好調である。具体的には携帯型ゲーム機のDSと家庭用ゲーム機のWiiの両方がよく売れている。
それに引き替え、これまで圧倒的に強かったソニーのプレイステーション(PS)がPS3の新型になってから不振である。
PS3は、これまでのPS2に比べていろいろな点でさらにハイパフォーマンスになっている。たとえば、グラフィックスは並のPCではかなわないくらいの高性能であるし、そのためにソニーはIBM、東芝と共同で専用半導体まで開発している。いわゆるセルと言われる最新式の半導体である。
さらにDVDの次世代規格であるブルーレイディスクの再生機能もついている。もちろん通信機能もついていて、これ以上何が必要なのかと言うくらいの高性能である。

ところがこれが売れない。もちろん価格が5万円以上と極めて高いこともあげられるがそれ以上の原因がありそうだ。それは機能が高性能すぎて普通のユーザーから見ればオーバースペックな点である。
一方で、よく売れている任天堂のDSには技術的には新しいものがほとんどない。それにもかかわらず売れ行き好調な理由は、脳トレなどの新しいソフトを導入したことで、これまでのゲーム機ユーザーとは別の女性客や中高年層の新しいユーザー層を開発したことにある。
また、Wiiについても技術的に見るべきものは少ないが、コントローラーをラケットやゴルフクラブ代わりに使ってスポーツを楽しむなどの新しい使い方を提案したことがヒットの理由と見られる。

この現象をゲーム産業の視点ではなく、経営学の視点から見てみるとおもしろいことが言える。
ハーバードビジネススクールの名教授の一人であるクレイトン・クリステンセン教授の書いた「イノベーションのジレンマ(原題はイノベーターズジレンマ)」という本をご存じだろうか。
その本の中で、ある事業の中で圧倒的に優位を誇っていた技術が、一見稚拙で使い物にならない技術にやがて市場を奪われてしまう。さらにそれを分かっていても防ぐのがきわめて困難であるという説を提唱している。

このイノベーターズジレンマの構造を分かりやすく図示したものが下記の絵である。訳本の10ページから拝借している。

Innovatorsdilemma

ある事業で支配的な技術が進化を続けるとある時点で、ユーザーが必要とされるニーズを上回ってしまい、ユーザーから見るとオーバースペックになってしまう。一方で、新しい技術は最初は、ユーザーのミニマムのニーズも満たさない役立たずであるが、これも進化を遂げる中で、最初はローエンドのニーズを満たすようになり、やがてはハイエンドのユーザーのニーズすら満たすようになる。そうなるとかつての支配的技術は無用の長物となってしまうという話である。

ソニーから見れば、技術的には既にあるものをうまく組み合わせただけで、何ら最新技術を使っていない任天堂ゲーム機には負けた気がしないだろう。たぶん、技術的にソニーに追いつくことの出来なくなった任天堂が苦し紛れに、ありものの技術と新しいソフトを組み合わせただけに過ぎないと思っているに違いない。ある意味、これは正しい見方だと思う。

しかし、ユーザーニーズから見れば、任天堂の技術で十分であり、ソニーのPS3は高性能過ぎるのである。要するにリーダー企業であるソニーのPS3の技術がいつのまにかハイエンドユーザーのニーズすら上回るほどになってしまい、一方でおもちゃに近かったDSがローエンドユーザー(大人、女性)のニーズを越えることになってしまったというわけである。しかもこれが低コストときている。ソニーが対抗するのはきわめて難しい。
これがイノベーターズジレンマの恐さである。

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コメント

    • たかひろ
    • 2007年 9月 16日

    はじめまして。
    教育系の出版社で宣伝の仕事をしている「たかひろ」と申します。
    今回のお話を読みつつ、1点疑問があり書かせていただきました。
    「イノベーターズジレンマは、コミュニケーション戦略で回避、リカバリーできないのか?」ということです
    PS3は、ブルーレイ、cellだけでなく、AVマニアが垂涎するほどの最新技術がつまって、大幅赤字な価格設定。
    しかし、先生の書かれているように「イノベーターズジレンマ」が起きてしまっています。その価値が全く市場に伝わらず売れていません。
    そしてPS3の販売開始からのプロセスを調なおしていくと、「新しいハードで、どのような新しい体験ができるのか?」その市場への提案がまったくなされていないことがわかります。
    別の日に書かれている「セカンドライフ」のような体験もでき、リビングのメインエンターテイメント機器になりうるだけのスペックがありつつ、それらの価値をほとんどコミュニケーションしてません。
    そこで感じたのが、冒頭に書かせていただいた「ニーズ喚起型のコミュニケーション戦略」や「従来機器(任店堂もふくめて)との差別化ポイントをコミュニケーションしていく差別化戦略」等で、「イノベーターズジレンマを回避(価格受容度UP、独自ポジションの確立等)」できたのではないか?という疑問です。
    突然の質問、申し訳ありませんでした。

    • 内田和成
    • 2007年 9月 16日

    たかひろさんへ
    コメントありがとうございます。
    PS3の別の戦い方があったのかといえば、あったとは思います。ただし、任天堂のDSやWiiの顧客を奪うことはできなかったと思います。そのどちらでもない顧客、すなわちハイテクに興味があったり、価格センシティビティが低いセグメントにはもっと訴求できたと思います。
    従って、新たな市場を切り開くことはできたかもしれませんが、DSとWiiをやっつけることは難しかったと思います。

    • たかひろ
    • 2007年 9月 24日

    コメントへのご回答、ありがとうございました。
    たかひろです。
    どのようなセグメントを設定して、どのように競合と勝負していくのか、が重要なんですね。
    先週から法政大学院で嶋口教授のマーケティングの授業を受け始めたのですが、「どのように市場を設定し、安定的な顧客基盤を創っていくのか?」が大切というお話がありました。
    今回いただいたコメントも参考にしつつ、授業の復習をしっかりしていきたいなと思います。
    韓国にもいらっしゃって何かとご多忙な中、ありがとうございました。

    • 内田和成
    • 2007年 9月 28日

    たかひろさん
    今日のブログにPS3その後を書きました。

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