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最後の同窓会

我が母校千代田区立永田町小学校の創立100周年を記念した同窓会が行われた。ついでに同期会も行われたので初めて顔を出してみた。

Nagatacho

しかし、これが最後の同窓会である。別に私が出られなくなるという意味ではない。実は学校自体は15年前に廃校になっているのだ。理由は人口減少から来る生徒数激減である。そして、ついに建物も3年後に壊されてしまうそうだ。ということで、私が出た同窓会は最初で最後と言うことになってしまった。

いくつも特徴のある小学校だった。

まず、都心のど真ん中にある。
教室から撮った写真が下にあるが、道路を隔てた目の前が自由民主党本部である。今は議員宿舎に遮られて直接は見えないが、国会議事堂まで2-3分の距離である。校章はもちろん国会議事堂である。ちなみに中学の校章は恐れ多くも菊の紋章だった。

Nagatacho004

また、とにかく小さいというか狭い。校庭の写真を見て欲しい。一応トラックになっているが、全長は150メートルもないだろう。何しろ運動会の徒競走で、100mではなく50mを確保するのがやっとでゴールした後、勢いで校舎にぶつかってしまうので、体育館の入り口を開けておいて、そこに駆け込んでいくのである。
野球をやっても1塁と2塁の向こうにはライトもセンターもいなくて、外野に飛べばフェンス越え=場外ホームランという具合だった。3塁方向には外野がいた。

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また、元々都心の千代田区の永田町や平河町にはそうたくさんの人は住んでいなかったので、当時で言うところの越境入学の生徒が多かった。要するに学区外から電車やバスで通ってくる友達が多かったと言うことである。私くらいの年齢の人は、番町(小学校)・麹町(中学校)・日比谷(高校)・東大という言葉があったのを知っているかも知れないが、永田町小からもたくさん麹町中学へ進学していた。たぶん、それが理由だ。

また、結構政治家や芸能人など有名人の子供も多かった。しかし、子供はそんなことはもちろん気にせず、偉い奴の子ともそうでないヤツの子とも平等に付き合っていたから、今から考えると良い時代だったのかも知れない。というより、親が偉いか有名かなんて、友達づきあいでは重要な要素ではないという当たり前のことだったのだろう。

後、今回初めて気がついたのであるが、校歌が短い。

Nagatachokouka_2 

またどうでも良い話であるが、実はBCGのオフィスは弁慶橋の袂にあり、以前私が使っていた部屋からは自分の実家(のあったところ、今はマンション)、通った中学、通った小学校がすべて見えていた。こんなことは珍しいのではないだろうか。
でも、実家がなくなり、小学校がなくなり、中学もいよいよ立て替えだそうだ。私が遊んだ(学んだ記憶はないが)場所がみんななくなってしまう。ちょっと寂しい。

上の校庭の写真で左端に写っている建物がBCGのオフィスの入っているビルである。

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